いやー、終始落ち着いたトーンなのですが、これは個人的にかなりじんわりくる良作でした。
予告編を見た感じでは、これは恋愛映画だと思うでしょう(予告編も見ずに鑑賞したけど)。
確かに恋愛映画の要素は強く、ほろ苦く、ほろ甘い。
しかしこの恋愛は現在進行系ではなく過去であるために、観客は距離を置いて観ることになります。
そんな「過去の恋愛の1ページ」を『ちょっと思い出しただけ』によって、観客は恋愛を超えて2人が抱いた喜びと葛藤、夢と挫折を一緒にたどることになるでしょう。
どのような過去があろうと、その過去によって現在があるのは、紛れもない事実。
そこに何か教訓めいたメッセージが込められているわけではなく、ただ淡々と『ちょっと思い出しただけ』のシーンが重ねられていく。
そうやってどんどん過去にさかのぼることでストーリーを描いていくという、ちょっと不思議な構成になっているのは新鮮でした(この手法は過去の作品にあるようですけど)。
それだけに初見だと「え、今はどの時期を描いてるの?」とちょっと戸惑うんですよね(もう1回観てみると新しい発見がありそう)。
ラストシーンで現在に戻ってくるのですが、その描き方によって、「過去はいろいろあるけれど、それでも明日に向かって歩いて行こう」という印象を覚えました。
主演のお二人、池松壮亮さんと伊藤沙莉さんの雰囲気がとても良かったです。
自然体の演技で、ところどころ笑いの要素もあり、男女の違いがよく表現されていたように思います。
伊藤沙莉さんの出演作は初めて観たのですが、ハスキーボイスがいいですね。タバコを吸うシーンもカッコいい。そんな男勝りに見えて、実は恋する乙女なのだ。
今後、伊藤さんが出演しているだけでその作品を観たくなりそうです。
あと、國村隼さんが渋すぎて良い。この人が出ているだけで映画の良さが3割増しになる。
とはいえどこかのシーンが大好きというわけではなく、映画全体が「ひとつの思い出」として、それを『ちょっと思い出しただけ』でほんのり幸せな気分に浸れるような、これまで観てきた映画とは異なる感覚です。
あと、本作のもう一つのテーマは、「コロナ後」と「コロナ前」が描かれていること。
それは「マスクあり」と「マスクなし」のシーンがあることで明確にわかります(ついでに言えば時期によって「柄物マスク」と「アベノマスク」にも分かれています)。
劇場のシーンで観客全員が白いマスクで顔を覆っているのは個人的には不気味でした。
コロナ前のシーンは文字通り「顔が見える」社会だったのですね。
私にはその当たり前の光景がとても尊いものであったことを改めて感じました。
途中のシーンで、老夫婦、女子中高生、サラリーマン、ホームレス、挫折を味わっている池松さんが同列で映し出されているのを観て、単純ながら「人生いろいろ」「人それぞれの物語(思い出)を持っている」ということを感じました。
そのシーンはほんの数秒だったけれど、そこでそれらがすべてそのまま受容されているような「神の目線」をも感じることができたのでした。
テーマとはあまり関係のない場面でしょうけど、こういう箇所が「ただの恋愛映画ではない」と思う理由ですね。
この映画はクリープハイプの『ナイトオンザプラネット』という曲から着想を得て作られたようです。
ボーカルの尾崎世界観さんはお名前しか知らなかったのですが、本作にも出演しているし、曲から映画を作っただけに当たり前だけど映画と曲がマッチしています。
映画を観た後にこの曲を聴くと、映画の印象が思い出されてとても良いです。